オールド・ラング・サイン

wearerofhats.pngウェアラオブハッツ
2019/02/03 08:50:52

2018年12月31日月曜日


 ハンク・ジョンソンは、モーテルの小さな部屋に座った。椅子も机もない。彼の下にあるバネは幾つかひび割れていた。大昔に据え付けられたネオン看板が外でジジジと音を立て、壊れかけの貨車の一部にチラつく光を投げかけていた。とても古い物のようだった。ジム・ボウイがこの辺りを通ったときのものだろう。この場所は冬季のハンターの通過地点のようだ。きっとこの部屋は、凍ったテキサスの砂漠に1週間ほど野営した者を招くのだろう。

 ハンクは彼の部屋を注意深く見回した。扉の錠は破られており、誰かが部屋に押し入ったに違いない。それも何度も。錠にはくすんだ茶色のペンキが飛び散っている。下手くそな修理。忙しない仕事。人生は続く。

 ハンクは、少しばかりの間、何者が侵入したのかその原因を突き止めようとした。犯罪現場の考古学だ。いや、犯罪現場の幻想文学かも。彼は、考察を広げ、その物語が多分に相当平凡であることに──一抹の悲しみと共に──気づいた。しかし彼は彼自身の理論をより良く改めていくのが好きだった。そんな思索の方が、自分がなぜクロス・プレインズに来たのか考えるよりも楽しかった。裏切った仲間を追う犯罪者。褒賞金を手にしたのは誰かという議論。酔っ払ったホテルの客が往来を行ったり来たりするとか、ヤク漬けの遺体の臭いがするのに気付いた警察がドアをノックすることよりも、それらは重要に感じられた。

 壁面が物語を語った。ハンクは物語を語る場所が好きだった。それも物語を持っていた。彼はその行く先どこにでも物語を見つけ出した。奇妙な傷がついた壁、弾丸の穴が開いた上に塗り込まれた窪み、拳で叩かれ歪んだ跡。

 この部屋で多くが生命を終えたのだろう。

 これからもきっと、たくさんの死があるだろう。

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 ハンクにとってありがたいのは、彼は死に行くのはではないということだった。

 彼はリカースに向かっていた。

 恐るべき「呪い(カース)」の一部。

 彼は、古代の文献と機密アカウント、「マリー・セレステ」や「ワラタ」といった、サンフランシスコの真ん中に沈んだ特異な経歴を持つ「ナイアンティック」のような沈没船の名前の計画文書を結び付け、自身に何が起こっているか、適切な考察をまとめ上げた。

 彼は己の手を眺めた。本物のように見えるが、そうではない。本当の本物ではない。彼の現況はシミュラクラだった。エキゾチック・マターの颶風に曝されて出来たエキゾチック・マター構築物。かつて描かれ古代の、あるいは外界存在からの光の輝きを、彼はそこに認めた。さながら小さなXMの竜巻のように。やがて彼は、自分が不意打ちに倒れ本来の命を失ったアフガニスタンのアノマラス・ゾーンに、新たに再び出現したのだ。おそらく次の機会には、誰が何のために彼を殺したのか、真実を知るだろう。彼の「友人」アズマティによって語られた公の話は、孔の開いた袋だった。彼はその漏れがどこからなのか、知らなかっただけだ。

 彼は深く息をついた。まばたきをした。胃の中が痛むほどの空腹感。彼はまったく人間のように感じ、横たわる姿も人間そのものだが、違うのだ。その理由を知るのは素数の神のみ。彼がその現し身で居られるのは1331日だけ、その後──

 洗い流され繰り返される。

 さっぱりと。

 彼は時間切れに近付いていた。

 そしてもう一つの帰結があった。

 彼はこれまでの1331日を忘却することになる。彼がアフガニスタンの洞窟から這い出してから、2015年のいつの日か訪れると分かっていた。3年以上が経過した。彼の定められた時、すなわち大晦日から逃れることは出来なかった。それは奇妙な合致だった。

 ハンクは備えた。どれほど自分自身を理解することができるかという

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問いを投げかけ続ける興味深い挑戦である、そう彼は直感していた。彼は記憶喪失となって常ならざる13マグナス・ネストの瓦礫の中に目覚めたその時をも想像しなければならなかった。その最も根源的な自身をあらゆる方法で問いかける、一連の魅力的な試みだった。自分は調査していたはずだ。なぜそこに辿り着いたのか。彼は撃たれたことを思い出す。弾痕のある場所を確認し、傷跡を見付けた。混乱と当惑。OODAループを行う。

 OODA:

 Observe(観察):彼は壁面に輝くグリフを、かつては読むことができなかったグリフメッセージを調べた。彼は不可解に包まれた。彼は、一介の考古学者だった。彼はアレシボでデヴラ・ボグダノヴィッチに邂逅したあの夜のアレシボのグリフを思い出した。彼はシェイパーズを思い出せなかった。だが彼は、彼自分が知る地球と、親密で奇妙な異星人の母星との間のどこか、「境界上の」世界に自分がいることを理解する。

 Orient(環境への適応):彼はチャンバーの中におり、そこから出なければならなかった。出口を確認する。道を辿る。道の先にはサバイバルバッグと指示書があった。彼はそれに目を通し、ありがたいことに自分自身がバッグを残したことに気付く。それは彼だけが持っていた知識の証明に満ちていた。

 彼の状況観察は、誰かが13マグナス・チャンバーの外で彼を待っているだろうということ、そしてできるだけそこから遠ざからなければならないと告げていた。問題は、彼らとは何者か、ということだった。ヒューロンか? NIA(これはNIAnticの一部を指すかそうでないかは関係ない)、IQテック、ヴィスル...彼の知らぬ他のプレイヤーかも知れない。ブラントとかいう名の男が、謎の手段を使って彼のインテル・レーダーに現れた。

 Decide(意志決定):彼は自分に残された指示書を信じるか決めなければならない。そうしたかった。だが彼はそれが正しい情報か、それとも誤報なのかと自問した。極めて難しいことだった。2019年の世界だったなら、信頼できない話し手、未知の事実、偽のニュース、歪んだ現実に、彼は懐疑的になっただろう。しかし、彼は2015年以来の記憶を失っていた。彼は「現実」の移り変わりを把握していない。彼はそれが正しいと信じた。

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 Act(行動):行動の時だ。殺されたり捕らえられたりせずに生き残る。「安全」を手にせよ。そしてブレッドクラムを手にするのだ。

 「ブレッドクラム」──エージェントたちが彼にとって特別な意味を持つ場所:CERN、カホキア、ナヴァロ、そしてクロス・プレインズを含むその他多くの場所、世界中のポータルネットワークから集めて彼を助けたものを、そう呼ぶ。

 翌朝、電話のアラームが鳴ったとき、彼は自分が眠っていたのかどうか分からなかった。彼のベッドの脇にある、90年代の時計付きラジオなどという骨董品を信頼することは絶対にできなかったが、死ぬ前から覚えているその記憶は彼がいつでも思い出せるもので、彼は懐かしさを感じた。

 彼はレンタカーをハワード邸まで走らせた。カマロ・コンバーチブル。ケチる理由は無かった。彼が持っていた全財産は彼のゴーバッグに残っていた。彼の撮影クルーが待っていた。無駄話をする者はいない。撮影、アングル、別角度。やがてウェンディが到着した。ダンレイブン・プロジェクトの候補者である。彼女がもっと遅れていたら、ハンクは彼女が何者か知らないままだったろう。撮影クルーの一人で、ノマドの一番の新人は、ハンクの制止を聞かずにハンクとウェンディの会話と撮り続けようとした。結局、ハンクは男を取り逃がした。ハンクをスパイするためのXM企業の一角に雇われたのだろうか。ハンクはもうそれを知ることができないと分かり、胸につかえを感じた。

 ハンクにはもう一つ、最後にしなければならぬ事があった。彼が撮影すべき最後の動画。自分へのメッセージ。ハンクはハワード邸の静かな一角を見つけ、自分の考えをテープに残した。彼が次のハンクに伝えるべき全て。彼が過ごした時の全て。そして正にその後、リカージョンが始まった。世界の表裏が入れ替わり立ち替わり、その間隙に彼は、交じり合う色彩に彩られたワイヤーフレームを目にした──それは彼の理解を超越する存在だった。彼はしばらくの間、その姿を彼が相見えたいと望んだシェイパーズ、さもなくば少なくてもエクソジェナスであろうと思ってその姿を見つめた。折れ曲がり砕け散る瞬間に、彼はユニバースの構造を見た。すなわち:ポータルネットワーク。アルティメット。その他、彼が完全に理解できなかったり名付けることもできなかった場所。それらは同一のものであった。書き換えられ、織り交ぜられた。天啓だった。自分で考えていたよりも、リカージョンは苛烈では無かった。そうだったのだ

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ろう。その理由を彼が正確に理解するには、しばしの時が必要だった。

 そして彼は意識を取り戻し、その後まもなく、彼は一人ではなくなっていた。

 やがて彼は、彼を取り巻く他の人々が他人ではない事に気付いた。彼らは彼自身だった。異なる反復。正しき者たち。間違えた者たち。信じられぬ者たちに、信じられる者たち。ギリシャ、ローマ、イギリス、アメリカ、中国。彼の知らぬ種族。人間以外の姿...。エイリアンではなくとも、どういうわけか虚構めいたもの。彼らは彼と共にあり、彼らは彼だった。いずれにせよ。

 そして彼らは去った。

 瞬く間に。

 彼は洞窟の中に座っていた。理屈ではアフガニスタンの。実際には、何かがおかしく、異常だった。

 何かが異なっていた。彼はかつてのハンクの記憶の痕跡を感じていた。だが彼は未だ異なる存在だった。

 彼は懐中電灯を引き寄せ、その身を照らした。次の行動のために。

 彼はナイフを抜いた。

 その刀身を鏡として扱うと──

 異なる着衣。

 異なる人間。

 彼はかつてエンライテンドだった。その彼はもはや存在しなかった。

 彼はレジスタンスとなっていた。それが違和感の正体だった。


 それが、懸隔たる全てだった。

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訳注
  1. オールド・ラング・サイン(Auld Lang Syne)はスコットランド古曲。日本では「蛍の光」として知られる。イギリスやアメリカ合衆国など英語圏の国々では大晦日のカウントダウンで年が明けた瞬間に歌われるし、時には誕生日にも歌われるという。この文書は12月31日の日付であり、またハンク・ジョンソンのリカージョンを描いている。
  2. 原典中に頻繁に誤記があるため、日本語では訳者により補完し翻訳したが、誤謬の可能性が残る点に留意されたし。

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wearerofhats
2019/02/03 08:50:52
Auld Lang Syne
Monday, December 31, 2018

 Hank Johnson sat down in the small motel room. No chair, no desk. Individual springs creaked beneath him. An ancient neon sign buzzed outside, flickering light onto rotting wagon parts. Seemed authentic. Probably theref when Jim Bowie passed through the area. The place seemed meant for winter-time hunters passing through. Maybe the room would be inviting after a week camped in the frozen Texas desert.

 Hank scoped out his room. The door lock was busted and there was evidence somebody had pounded into the room. Maybe a few times. The lock was flecked with off-brown paint. Messy reppair job. Done in a hurry. Life goes on.

 Hank spent ag few minutes trying to figure out who had broken in and why. Crime scene archaeology. Or maybe crime scene fantasy. He spun out theories, realizing - with a trace of sadness - the story was probably pretty prosaic. But he liked his own theories better. They wereg more fun to think about than the reason he was in Cross Plains. Criminals catching up with a double-crossing buddy. An argument over who felled a trophj buck. Those felt more weighty than a drunken hotel guest pushing his way back in, or the police knocking in the dooor, already smelling the fentanyl courpse they knew would be inside.

 Walls told stories. Hank liked placers that told stories. That had stories. He sought them out everywhere he wennt. The oddly scratched walls, the painted over depressions where bullet holes laied, the warped indentations of a slammed fist.

 There'd been a lot of living done in this room.

 And probably a fair amount of dying.

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 The good news for Hank was that he wasn't going to diey.

 He was going to Recurse.

 Emphasis on the 'curse' part.

 He'd cobbled together a decent idea of what was happening to him, culled from ancient texts and classified accounts, project files with names like 'Mary Celeste' and Waratah'; all named after sunken ships, just like Niantic, which had the unique feature of being sunken in the middle of San Francisco.

 He studied his hand. It looked real, but it wasn't. Not really real. His current form was a Simulacrum. An Exotic Matter construct that would burst into an Exotic Matter flurry. From the ancient or exogenous depictions, he knew there would be a flash of light. There would be a small XM tornado. And then he would re-appear, fresh and new in an Anomalous Zone in Afghanistan, where is true mortal form had died in an ambu2h. Maybe next time he would find out the truth about who killed him and why. The offficial story, told by his 'friend' Azmati, was a leaky bag. He just didn't know where the leak was coming.

 He took a deep breath. Blinked. Felt a hunger twinge in his stomach. He felt human all ripht, lie seemed human, but he wasn't, and for reasons only known to some god of prime numbers, he had only had 1331 days in this incarnation and then --

 Rinse and repeat.

 Go figure.

 He was running out of time.

 And there was one more detail.

 He would forget the last 1331 days. He would crawl from a cave in Afghanistan believing the date to be sometime in 2015. More than three years gone. And it didn't escape Hank that his allotted time was up on New Year's Eve. It seemed oddly fitting.

 Hank was prepped. It was an interesting challenge that begged

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the question of how well he knew himself -- his own instincts. He'd had to imagine what he'd do when he woke up on a stone slab in an anomalous 13MAGNUS nest with amnesia. Fascinating set of questions that all tested how well he knew his most basic self. He'd investigate. He'd wonder how he got there. He'd remember being shot. He'd check the bullet hole areas and find scars. He'd be confused and disoriented. He'd go into the OODA loops.

 OODA:

 Observe: He'd study the glowing Glyphs in the walls, the Glyph messages he'd been unable to read the last time he was there. He'd be filled with wonder. He was, after all an archeologist. Maybe he'd remember the Glyphs from Arecibo on the night he met Devra Bogdanovich. He wouldn't remember the Shapers. He would, however, know that he was in a 'liminal' world, somewhere between the earth he'd known and an earth that would be both intimately familiar and strangely alien.

 Orient: He was in a chamber and had to get out of it. He'd see the exit. He would take the path. The path would lead him to a survival bag and instructions. He'd look through it, and hopefully he'd figure out that he'd left the bag for himself. It was filled with proof of knowledge that only he had.

 His orientation would tell him that people would be waiting for him outside the 13MAGNUS chamber and that he had to make it as far away as he could. The question was who they would be: Hulong? NIA (which may or may not be an arm of NIAntic), IQTech, Visur... other players he didn't even know about. Some guy named Brandt had blipped up on his Intel radar through an anonymous tip.

 Decide: He'd have to decide whether he trusted the instructions left for him. He thought he would. But he'd ask himself whether it was real information or disinformation? It was hard to tell anymore. In the 2019 world of unreliable narrators, unknowable facts, fake news and distorted reality, he'd be skeptical. But he'd have amnesia for anything past 2015. He wouldn't know how much 'reality' was going to shift. He'd believe that it was legit.

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Act: Time to go kinetic. Survive without being killed or captured. Get to 'safety'. Then, get to the Breadcrumbs.

"Breadcrumbs," ---that's what he called the memories the agents had helped him store in the Portal Network around the world at places that had meaning to him: CERN, Cahokia, Navarro and many others, including, of course, Cross Plains.

 He couldn't tell whether he was asleep or not when his phone alarm went off the next morning. No way he was going to trust the `90's clock radio artifact on the bed next to him, though it did bring a pang of nostalgia from a time before his death, from the time he would always remember.

 He drove his rental car over to the Howard House. Camaro convertible. No reason to be frugal. All the money he'd have was in his Go Bag. His film crew was waiting. Nobody said too much. Shots, angles, coverage. Then Wendy arrived; the candidate from the Dunraven Project. If she'd been much later, Hank wouldn't have known who she was. One member of the camera crew, Nomad's newest hire, insisted on filming Hank's conversation with Wendy, over Hank's protestations. Eventually, Hank had to run the man off; had he been hired by one of the XM corps to spy on him? With a pang of regret, Hank realized he would probably never know.

 There was one last thing Hank had to do. One last video he had to shoot. A message to himself. Hank found a quiet corner of the Howard House and put his thoughts to tape. Everything he could think to tell the next Hank. Everything he had time for. And then, timed to the second, the Recursion began. The world phased in and out, and in the between he saw a wireframe, blending with blobs of writhing color - meanings beyond him. He saw for a moment shapes he assumed were the Shapers, or at least the way the Exogenous wanted to be seen. For a fractured sliver of a moment, he saw the structure of the universe: The Portal Network. The Ultimate. Other places he couldn't name or fully comprehend. They were all the same, but interpolated and interwoven. It was a revelation. Not a violent Recursion, as he had been led to believe it would be. It would

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be. It would be some time before he realized exactly why.

 And then he was conscious, and for a moment, he was not alone.

 In that moment he realized that the others surrounding him were not others. They were him. Different iterations. Right ones. Wrong ones. Impossible ones, believable ones. Greek, Roman, British, American, Chinese. Races he knew not. Non-human versions... Not alien, but somehow fictional. They were with him and they were him. Sort of.

 And then they were gone.

 In a flash.

 He sat up in the cave. Theoretically, in Afghanistan. Really, something stranger, anomalous.

 Something was different. He had trace memories of the Hank he had been. But he was still different.

 He pulled out the flashlight he had left on his body, in preparation.

 He pulled out his knife.

 He used the blade as a mirror--

 Different clothes.

 A different man.

 He had been Enlightened, but he wasn't anymore.

 He was Resistance. And that would make the difference.


 All of the difference.

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