拡張現実(AR) の未来、そして定義とは

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川島さん冬.jpg川島優志(Masashi Kawashima)
2017/09/16 11:33:55
Niantic の考える拡張現実(AR)の定義に関してジョンが寄せました。ぜひ読んでみてもらえたら。: 拡張現実(AR) の未来、そして定義とは

拡張現実(AR) の未来、そして定義とは
2017年9月12日

Niantic は、拡張現実 (Augmented Reality - AR) が持つ変革を促す力にとてもワクワクしています。なぜでしょう? 世界に様々な 3D キャラクターたちを住ませるため?もちろんそれも楽しいことでしょう。しかし、それよりも大切なことが今は問われています。私たちはテクノロジーの主人になるのか、それともテクノロジーがわたしたちの主人になるのか、それが懸かっているのです。拡張現実(AR) と仮想現実(VR) は今後私たちがどのようにテクノロジーと関わるかに大きな影響を持つ要素の双極です。少し大げさかもしれませんが、AR に比べて、VR の持つ、映画「マトリックス」のような側面に少し恐れを抱いている自分がいます。人間が巨大なデジタル世界に入り浸り、栄養ドリンクを飲んで再びまたそこへダイブするような光景です。

ARは、わたしたちがヒトとして持つ基本的な働きを高めてくれる可能性を秘めています。ARは、わたしたちの日常をより彩り豊かで楽しい何かに変え、新しい場所へと誘い、新しいことをするよう、背中を押してくれるきっかけになりえます。

想像してみてください。 複雑な地下鉄の駅を歩いている時に、通路の上に点線が出て道案内をしてくれたら...。 ショッピング中に服を見るだけで、自分がその服を着ている様子や、それがどこで作られ、環境へのどのような影響があるのかがわかったら...。 旅行中、歴史的な場所を歩いていると、その歴史やガイドが翻訳されて表示されたら...。 それは、毎日の通勤や、ショッピング、旅行をより楽しくしてくれるのです。 本当に素晴らしいのは、生活を様々な方法でよりよくしてくれる膨大なオンライン情報から完全に切り離すことなく、スマートフォンを見つめ続ける必要性から人々を開放し、周りの世界を見回す機会を増やしていくことです。

そして...先日、私たちは未来を見たでしょうか? Yes ともNo とも言えます。スマホ上のAR は、真のAR に至る重要な通り道です。しかし、それは現状の開発レベルと物理的形状に制限された、一つのステップにすぎないことを理解するべきです。一般に溢れる、この新しいテクノロジーへの混乱を見る限り、Niatnic がどのようにARを捉えているのか、それをここに定義することには意味がありそうです。

多くの人にとって、ARは、カメラビューを通して、スクリーン上に情報やデジタルオブジェクトを重ねる、単なる視覚的体験として認識されているかと思います。

しかし、それは本質ではないとわたしたちは考えています。ARが本当に意味するのは、皆様の現実世界での活動に、デジタルな情報やオブジェクトがもたらす体験を共存させることです。現実世界と情報をつなげる、そのことがもっとも重要なのです。どのようにそれらの情報があなたに届くかは、重要ではありません。私が言いたいのはつまり...ARは映画「Her」に見られるようなものではないかということです。それはあなたの耳に道順をささやくものかもしれないし、あなたの目の前の建物の史実かもしれません。Nianticは最初のプロダクトであるField Tripで、このタイプのARを実験しています。ARは、最新の3D AR カメラを使うことなく、あなたのスマートフォンにあなたの身の回りとつながった情報を表示するものかもしれません。Nianticの最初のARゲームであるイングレスでは、ARカメラは利用していませんが、たくさんの世界中のプレイヤーが、銅像や噴水、世界中の歴史的な場所から「XM」エネルギーが漂う、ミステリアスなもうひとつの現実を共有し、「エンライテンド」と「レジスタンス」に分かれて世界規模の競争を繰り広げています。(わたしたちは新しいバージョンのイングレスを今年後半にローンチする予定です)

ARカメラビューは、未来へと進むクールな一歩ですが、ARを魅力的にする要素の一つでしかありません。スマートフォン上でデジタル情報を重ねるオーバーレイ技術は、将来ARメガネを実現する際に必要となるテクノロジーに活用されるでしょう。それは重要なステップのひとつであり、だからこそ、Nianticは今日のデバイス上でそのテクノロジーを模索しています。正しく使われれば、現実世界での体験を高める強力な手段となるからです。けれども、単にテーブルの上にデジタルなオブジェクトを置くだけのアプリは、わたしたちからすればARとは認められません。たとえ、現実世界で「正しい方法」で使われたとしても、スマートフォンの物理的限界にARは悩まされるでしょう。目の前にスマートフォンをかかげてARビューを現実に揃えている様子は、正直な話、少し奇妙に思えます。ARの視覚的な側面にフォーカスしたアプリの体験を根拠に、ARは単なる仕組みで、現実的な使いみちに欠ける、と結論づけてしまう人も出てくるでしょう。もしそうなったら残念です。なぜなら、これはわたしたちの既存の世界を変えてくれる何かへの最初の一歩だからです。

ARメガネはより広がっていくでしょう。それは難しくもう少し時間はかかるでしょうが、一旦そこへ辿り着いたら、もう戻ることはないでしょう。Google Glassは、うまくいかなかったものの、未来への可能性を垣間見せてくれました。欠点や弱点もたくさんありました。ただ、その限られた機能や性能はともかく、多くの批判はデバイスそのものではなく、視点の先に常にカメラが向けられていることや使用者がスクリーンの世界に没入してしまう、という社会的な懸念へ向けられました。それらの挑戦はすでにスマートフォンで起こっていることであり、ARデバイスの未来に向けて取り組む必要があるでしょう。しかし、わたしたちは世界と交流しながら、世界のすべての情報と常に接続されることの究極の利便性は、広く行き渡ると思っています。

それが起こった時、わたしたちは見るもの全てがインタラクティブな世界を生きていることでしょう。建物やオフィス、家、都市、交通機関が、あなたと、あなたのしたいことのために動的にカスタマイズされたインターフェースをもっていることを想像してみてください。交通標識や案内板、予定表など、物理的な世界をナビゲートするために必要なユーザーインターフェースのために、毎年、何千億円もが使われていますが、それらはより多くの機能を持つデジタルなオーバーレイに置き換えられます。そして、そう、カラフルないきものたちが裏庭や公園で、あなたに発見されるのを待っています。今日想像できる何かを越えたゲームをプレイしているでしょう。マトリックスのような鞘に接続された人間ではなく、歩き、走り、探検し、語り合い、つながりあった人間たちによって。

そう、それが未来にとって何を意味するのかにワクワクした一日でした。でこぼこ道になるかもしれませんが、しがみついてください。乗るしかない、と思わせる旅になりますよ。

--jh